Hirofumi Yoshida - 吉田裕史

吉田裕史

吉田裕史:指揮者

東京音楽大学指揮科及び同研究科修了。ドイツ・イタリアで研鑽を積み、2007年ローマ歌劇場カラカラ浴場野外公演を指揮、2010年1月よりマントヴァ歌劇場音楽監督に就任。

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2008年12月 5日 06:00

ロッシーニ

200px-Rossini.jpgジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ (Gioachino Antonio Rossini, 1792年2月29日、ペーザロ生まれ)作曲、オペラ「セヴィリアの理髪師」 (Il Barbiere di Siviglia)


さて、いよいよイタリアオペラ界最大の大御所、ロッシーニの登場です。アドリア海に面したペーザロで音楽一家に生まれた彼は、セミプロのトランペット奏者であった父親ジュゼッペ(本職は、食肉工場の検査官!)と歌手として活躍していた母親アンナのもと、子供の頃から正規の音楽教育を受けて育ちました。容姿はやや太り気味ですが、天使のような姿と言われ、かなりのハンサムだったようです。


イタリアのみならずヨーロッパの音楽シーンにおいて、天才作曲家としての名声を欲しいがままとしたロッシーニは、19世紀前半、つまり初期ロマン派のオペラ界を制覇した音楽家と言えるでしょう。それだけに、大変話題性のあった人物のようで、数々のエピソードや興味深い逸話はとても数え切れないほど残っていますが:

 

① あの(滅多に他人を称賛することのなかった) ベートーヴェン が、「セヴィリアの理髪師」を大絶賛した。(でも、ウィーンにおいてロッシーニの人気があまりにも高いことに愚痴をもらしていたようですが。。)


② 「ウィリアム・テル」を見た直後、ベルリオーズ は、「テルの第1幕と第3幕はロッシーニが作った。第2幕は、"神"が作った」と、畏敬の念すら抱いた。


③ ワーグナー に、「作曲家とはパレストリーナ、バッハ、モーツァルトそしてロッシーニのことだ!」と言わしめた。


④ スタンダール は、その著書"ロッシーニ伝"で、「ナポレオンは死んだが、また別の男が出現して、モスクワでもナポリでも、ロンドンでもウィーンでも、パリでもカルカッタでも、連日話題になっている。この男の栄光は、文明の及ぶ境界に制限されるだけである。しかもまだ32歳にもならないのだ」。


⑤ その一方で、なんと"料理の道"!?も志し、フランス料理によくある「○○のロッシーニ風」(ヒレステーキにフォワグラとトリュフのソテーを添えた「トゥールヌド・ロッシーニ」など)とは、彼の名前から取られた料理の名前である。


⑥ あまりにも料理が好きだったのか、料理の名前を付けたピアノ曲も作っている。

 

etc... 彼のエピソードには、本当に切りがありません。

 

それでは、そんなロッシーニが24歳の時に作曲し、一躍、ヨーロッパ中にその名声をとどろかせた最高傑作、オペラ「セヴィリアの理髪師」より第一幕、フィガロのカヴァティーナ(素朴な小曲という意)「ラ、ラン、ラ、レーラ...町の何でも屋に」(La ran la lera... Largo al factotum)をお楽しみください!