Hirofumi Yoshida - 吉田裕史

吉田裕史

吉田裕史:指揮者

東京音楽大学指揮科及び同研究科修了。ドイツ・イタリアで研鑽を積み、2007年ローマ歌劇場カラカラ浴場野外公演を指揮、2010年1月よりマントヴァ歌劇場音楽監督に就任。

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2010年2月 7日 23:38

Italian style from Japan その 2

DIENA記事本文 - コピー.JPG(インタビューの続編です。)

 

これを実現するため、彼は故国の東京とウィーンで学び、ローマで実践経験を積んだ。いくつかのコンクールで入賞経験を持つ。イタリアのヴァルソルダで開催の第19回国際指揮者コンクール、ルーマニアでの第1回ベーラ・バルトーク指揮者コンクールである。2001年にはマゼール=ヴィラー・コンクールのアジア代表に選ばれ、2002年、将来を嘱望される若手オペラ指揮者に贈られる五島記念文化賞を受賞した。

 

吉田裕史氏は2004年より市川オペラの音楽監督を務める一方、今年の初めからマントヴァ歌劇場の音楽監督を務めている。「これはイタリア人のスタイルなのです。軽く、そして情熱的に演奏する。彼らには、全てのものが表現豊かで感情的である必要があるのです」ローマ在住8年になるこの指揮者は、「椿姫」のリハーサルで、我が国の楽団員たちのテンポが遅いのに驚いて演奏を止めたことがあった。リーガで彼は、メンタリティの共通性を感じるといい、日本人とラトビア人の共通点は何かと尋ねたところ、「おそらく、ラトビア人は自らの文化を非常に誇りにしていて、優しく、正直で、真摯なのだろうと思います」と答えた。

 

【写真下】

吉田裕史氏:「日本のテレビ番組で、リーガと歌の祭典に関するドキュメンタリーを見ました。何百年もの間、他国の支配下にあって、人々が民謡と言語を保持してきたということは驚嘆すべきことです。この、文化の生き抜く力というのは、神様からの贈り物です。」

 

※ ラトビア語の"No"は英語の"From"にあたります。

 

 

2010年2月 6日 12:06

Italian style from Japan その 1

DIENA一面 - コピー.JPGラトビア共和国を代表する新聞 "Diena" に、インタビューが掲載されました。

 (写真は、同紙1月23日付の表一面です。 なお、インタビューは最終ページ(裏表紙)一面にわたって掲載されました。)

 もちろん、全編ラトビア語となりますので、在リガ日本大使館の専門調査員、菅野さんが邦訳してくださいました。

 記事がとても長いので、2回に分けて連続でアップいたします。

 

 

「イタリアのスタイルで。日本から」

ヒロフミ・ヨシダ氏、ラトビア国立歌劇場で「椿姫」を指揮

 

イネセ・ルースィニャ記者のおすすめ

 

 ラトビア国立歌劇場に、初めて日本人指揮者が客演する。今夜、遠い国からのお客様が我々に引き合わせてくれるのはジュゼッペ・ヴェルディの「椿姫」で、ヴィオレッタとアルフレードを演ずるのはソノーラ・バイツェとドミトリイ・ポポフである。

 

 吉田氏は今シーズン、527日にもジャコモ・プッチーニの「蝶々夫人」を指揮するため、再び我々のところに戻ってくる。「私の夢は、ヨーロッパの聴衆の皆さんに本当の日本のオペラ、-『源氏物語』のような- をお見せすることです。この元となっているのは1200年前、女性作家により書かれた物語です。また、オペラの作者ミノル・ミキ(三木稔氏のこと)は、我が国では最も著名な作曲家の1人です」と吉田裕史氏は打ち明ける。

 

 しかし、まず世界に向けて上演されているのはヨーロッパのオペラである。「オペラの全レパートリーの約半分はイタリア・オペラで、指揮者はそのレパートリーを(学ぶことによって)成長しなければなりません。このことが、後に自国の音楽を世界に提供する経験と力を与えてくれるのです。私は日本の音楽を愛していますし、音楽に国境がないことを知っています。日本人はヨーロッパの作曲家の音楽が好きですが、私は、ヨーロッパの人々も日本の音楽を愛するようになると確信しています。私の考えでは、全ての事柄は次のような順序で起きるのです。つまり、情熱を抱き、行動し、そして使命感に達すること。まず、何かを成し遂げようとする熱意のある希望をもつことです。そのあとに努力が続けば、それから、おそらく神様は何かインスピレーションのようなものを与えてくれるのだろうと確信しています。」吉田裕史氏の人生と仕事の公式は、このように響いているのだ。(続く)