Hirofumi Yoshida - 吉田裕史

吉田裕史

吉田裕史:指揮者

東京音楽大学指揮科及び同研究科修了。ドイツ・イタリアで研鑽を積み、2007年ローマ歌劇場カラカラ浴場野外公演を指揮、2010年1月よりマントヴァ歌劇場音楽監督に就任。

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Palazzo del Te 2.JPGマントヴァは2008年に世界遺産の一つに指定されました。この街の美しさは、中世の有名な詩人をして "マントヴァはとても美しい街です。1000マイルの旅をしてまで見に行くほどの価値がある。"と言わせしめたほどです。

 

今日は、Palazzo del Te(パラッツォ・デル・テ)、つまり"テ・宮殿"に行ってきました。中世においてこの街を支配していたGonzaga(ゴンザーガ)家が、その権力と財力をフルに使って建造された数々の宮殿の中でも、最も趣向が凝らされたまるで美術館と見間違うばかりの宮殿です。(今日は、偶然私の誕生日だったので、星座の間より "天秤座のフレスコ画" を撮影してきました。右上の絵です。)

 

案内をしてくださったこの街生まれのジャーナリストであるアルベルトさん(御年80歳!)が、すべての"間"(部屋)についてとても丁寧に説明してくださいました。当然のことながら、そのお話のほとんどは、当時の封建的領主であったゴンザーガ家について、またそのお抱え芸術家たち ‐ジュリオ・ロマーノのような‐ についてのものとなりました。その結果、私が抱いた印象&感想としては、、この宮殿に描かれた壁画群は、かなり特殊なものであるというものです。全てを知り尽くしているであろうアルベルトさんですら、(いやむしろ、博識であり敬虔なキリスト教徒であるが故にでしょう)ストレートに表現することを躊躇されていましたが、、誤解を恐れず、率直に私の感想を述べるとするならば、この宮殿は "神をも恐れぬ欲望の館" と言えるのではないでしょうか。それは、単にこの宮殿がゴンザーガ家のフェデリコ2世によって、"彼の愛人のため" に贅を尽くして建造されたから、という理由だけではないように思えました。歴史的(ルネッサンス期という時代背景)、宗教的(ローマ・カトリックの弱体化)、思想的(ゴンザーガ家のDNA)など、すべての要素が絡み合った結果、この"離宮" が生み出されたのではないかと思うに至りました。

 

Palazzo del Te 1.JPG

ヴェルディとピアーヴェ(台本作家)が、「リゴレット」の原作であるユゴー作「王は楽しむ」の登場人物の名前をすべて変更してまでも検閲の目をくぐり抜けこのオペラを世に送り出すことを強く願った際に、最終的になぜこの街を舞台に選んだのか? 今日、この宮殿を訪れ、アルベルトさんから本当に丁寧に説明を受けるにつれ、その謎が解けた気がしました。 ヴェルディが、どれだけ執拗に当局から台本内容についての変更を迫られても、決して曲げなかったポリシーが2点ありました。
  
1. 君主が酒池肉林におぼれた生活を送っていること。
2. 道化役に、人間として最も深みのある性格を与えること。
 
 

「確かに、オペラの中ではDuca di Mantova(マントヴァ侯爵)という"タイトル"でしか登場しない。しかし、人々はすぐに理解するであろう。それがいつの時代の誰のことを指しているのかを。」