Hirofumi Yoshida - 吉田裕史

吉田裕史

吉田裕史:指揮者

東京音楽大学指揮科及び同研究科修了。ドイツ・イタリアで研鑽を積み、2007年ローマ歌劇場カラカラ浴場野外公演を指揮、2010年1月よりマントヴァ歌劇場音楽監督に就任。

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全21曲からなる「魔笛」ですが、その中で、第19番が歌われる "位置(順番)とその歌詞の内容が矛盾を孕んでいる" というミステリアスな事実は、このオペラの上演史上、常に問題として提起されてきました。


曲順の変更について述べる前に、まず、その矛盾点を見てみましょう。


1. No.8(1幕フィナーレ)のほとんど最後の部分で、タミーノとパミーナは、初めて出会い、抱擁を交わし、恋に落ちます。 


2. 2幕に入り、No.11の前で、タミーノは試練の一環として "全ての女性と絶対に話をしてはならない" という命令を受けます。


3. No.17の前で、パミーナはタミーノに再び会います。しかし、タミーノは上述した命令を受けているため、彼女の心からの呼びかけに対して答える事が出来ません。その事を知らないパミーナは、、この絶望のアリア(No.17)を歌います。


4. No.19の中で、タミーノとパミーナは再会し、話し、彼らの愛を再び確認し合い、タミーノが全ての試練を乗り越えた後で再び逢う、という事を誓い合います。


5. No.21(最終曲)の初めに、3人の童子達が、「タミーノはもう私の事を愛していない。もう、私と話もしたくないのね!」と言って、絶望に打ち拉がれ自殺しようとしているパミーナを発見します。



こんなストーリー(話の展開)があり得るでしょうか。

タミーノとパミーナは、すでに19番の中で "話し"、愛を "確認し合って" いるのです!



参考までに、この問題について、ジャック・シャイエ(音楽学者。パリ国立高等音楽院、ソルボンヌ大学教授)は、自著「魔笛」-秘境オペラ- の中で次のように論述しています。

"このかなり不思議な場面については前段においてすでにふれた。この場面は表面的な意味からは説明ができないだろう。なぜならば、パミーナが、二人の恋人の反復される「さようなら」(Lebe Wohl)と言う言葉に挟まれた、ザラストロの「また会おう」(Wir sehen uns wieder)と言う言葉に勇気づけられて、信頼と希望を持ってタミーノに別れを告げて以来、この場のパミーナの狂乱ぶりを正当化するようようなことは何も我々に知らされていないからである"



それでは、No.19はどの場所(順番)で演奏されるべきでしょうか。


唯一の可能性は、No.11よりも前、つまりタミーノが "すべての女性と口をきいてはならない" という命令を受ける前に演奏される事、となります。


今回の上演に際しては、演出家、公演総監督と共に熟議を重ねた結果、No.19をNo.10(ザラストロのアリア)の前に演奏する事と致しました。この順番で演奏する事によって、話の進行上の矛盾を回避するだけでなく、舞台上のドラマの進行を妨げる事も無く、また、音楽的なコントラストという意味からもより理想的な流れとなることを確信しています。


指揮者 吉田裕史


プログラムノートより


Conquistati da una ≪Butterfly≫doc 
("doc"≪蝶々夫人≫によって圧倒的な勝利)


Allestimento fedele con la regia di Massimo Pezzutti, appassionata direzione di Hirofumi Yoshida

(オリジナルに忠実な舞台装置を披露した演出家 マッシモ・ペッツゥッティとヒロフミ・ヨシダの情熱的な指揮。)


 La direzione del nipponico Hirofumi Yoshida è apparsa convincente e appassionata, capace di plasmare con calore e coesione l'Orchestra Filarmonica Italiana, dotata di buoni slanci.
 Suono strumentale era vivo e in certi momenti molto deciso, ma le parti vocali erano sempre rispettate e mai oscurate. Interessante, anche se volte destabilizzante, è stato l'effetto "surround" ottenuto collegando alle spalle del pubblico suoni di circostanza e momenti lirici veri e propri.
 (日本人である吉田裕史の指揮は説得力と情熱に溢れ、途切れる事のない熱意と凝集力をもってオーケストラ・フィラルモニカ・イタリアーナを率いた。劇的な高揚感を生み出す才能に恵まれている事は明らかである。
 オーケストラの響きは活き活きとしていて、全体を通して非常に明確なサウンドであったにも拘らず、歌手の声部に対して常にバランス的配慮がなされ、一瞬たりとも覆い隠してしまう事が無かった。興味深い事に、例えば時々、サウンドが揺れ動いているような瞬間があったとしても、それは、客席の背後とのリンクが密接に保たれていて、まるで "サラウンド" 効果のように感じられたのである。まさに、正真正銘の、オペラ的劇場空間であった。)


"L'ECO DI BERGAMO"紙 2011年11月27日


※doc=【統制原産地呼称ワイン】
D.O.C.には一定の審査が定められている。すべての生産過程(栽培から出荷まで)はこの規定に基づき行われなればならない。(生産地、栽培方法、ブドウ品種、最大収穫量、最低アルコール度数、熟成方法など)また瓶詰めの前に、規定された必要条件を満たしているかの審査、化学・物理検査が商工会議所によって行われる。


L'eco di bergamo Domenica 27 Novembre 2011.JPGのサムネール画像