Hirofumi Yoshida - 吉田裕史

吉田裕史

吉田裕史:指揮者

東京音楽大学指揮科及び同研究科修了。ドイツ・イタリアで研鑽を積み、2007年ローマ歌劇場カラカラ浴場野外公演を指揮、2010年1月よりマントヴァ歌劇場音楽監督に就任。

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2013年11月25日 04:01

カルーソー賞を受賞!


吉田裕史がイタリアのネットゥーノ市(ローマ近郊)から、

カルーソー賞を受賞いたしました。


この賞は、イタリアオペラの普及に貢献した外国人に与えられる名誉ある賞で、

今年で23回目の表彰となります。


今年7月に同市で行われた授賞式に、ボローニャ歌劇場での公演準備のため参加する事が叶いませんでしたが、遅ればせながら、ここに御報告させていただきます。



カルーソー賞.jpg


自分の演奏を客観的に捉え、己が生きている時代を超え、
普遍的に魅力ある演奏を生み出し続けるため、常に留意すべき点とは:


・音楽に対する敬意(作品に対する敬意、作曲家に対する想い、時代背景への共感)
・様式感に対するセンスの研磨(国家、民族、時代、体制、主義、宗教、権力、、)
・歴史認識(人類史の中において、今、自分自身が存在しているこの時代をどう捉えるか)
・感受性の涵養(感動を生み出す源泉)
・目に見ないものに対する畏敬の念(インスピレーションの宿らないものは芸術にあらず)


その上で、国際的な日本人として、決してヨーロッパ至上主義に陥ることなく、

自らのアイデンティティーと美学を武器に世界で伍していくこと。



2012年12月31日 23:59

マントヴァ歌劇場


2012年12月31日をもって、マントヴァ歌劇場音楽監督職の任期を無事に満了いたしました。

今後は、Mantova Capitale Europea dello Spettacolo 財団の音楽監督として、 マントヴァ市の芸術振興に寄与していく所存です。


皆様、引き続き応援のほど、よろしくお願い申し上げます。



Mantova


MANTOVA.jpg





リハーサル7 - コピー.jpgのサムネール画像今日は、ここサッサリにおいて「リゴレット」のゲネプロが行われました。オーケストラのメンバーは全員イタリア人ということもあり、リハーサルを重ねるごとに舞台上のドラマに対する理解度が深まっていっています。

特に、シーンごとの色彩感 の変化や、リズムに対するイタリア人特有の独特なセンスには素晴らしいものがあります。


Palazzo del Te 2.JPGマントヴァは2008年に世界遺産の一つに指定されました。この街の美しさは、中世の有名な詩人をして "マントヴァはとても美しい街です。1000マイルの旅をしてまで見に行くほどの価値がある。"と言わせしめたほどです。

 

今日は、Palazzo del Te(パラッツォ・デル・テ)、つまり"テ・宮殿"に行ってきました。中世においてこの街を支配していたGonzaga(ゴンザーガ)家が、その権力と財力をフルに使って建造された数々の宮殿の中でも、最も趣向が凝らされたまるで美術館と見間違うばかりの宮殿です。(今日は、偶然私の誕生日だったので、星座の間より "天秤座のフレスコ画" を撮影してきました。右上の絵です。)

 

案内をしてくださったこの街生まれのジャーナリストであるアルベルトさん(御年80歳!)が、すべての"間"(部屋)についてとても丁寧に説明してくださいました。当然のことながら、そのお話のほとんどは、当時の封建的領主であったゴンザーガ家について、またそのお抱え芸術家たち ‐ジュリオ・ロマーノのような‐ についてのものとなりました。その結果、私が抱いた印象&感想としては、、この宮殿に描かれた壁画群は、かなり特殊なものであるというものです。全てを知り尽くしているであろうアルベルトさんですら、(いやむしろ、博識であり敬虔なキリスト教徒であるが故にでしょう)ストレートに表現することを躊躇されていましたが、、誤解を恐れず、率直に私の感想を述べるとするならば、この宮殿は "神をも恐れぬ欲望の館" と言えるのではないでしょうか。それは、単にこの宮殿がゴンザーガ家のフェデリコ2世によって、"彼の愛人のため" に贅を尽くして建造されたから、という理由だけではないように思えました。歴史的(ルネッサンス期という時代背景)、宗教的(ローマ・カトリックの弱体化)、思想的(ゴンザーガ家のDNA)など、すべての要素が絡み合った結果、この"離宮" が生み出されたのではないかと思うに至りました。

 

Palazzo del Te 1.JPG

ヴェルディとピアーヴェ(台本作家)が、「リゴレット」の原作であるユゴー作「王は楽しむ」の登場人物の名前をすべて変更してまでも検閲の目をくぐり抜けこのオペラを世に送り出すことを強く願った際に、最終的になぜこの街を舞台に選んだのか? 今日、この宮殿を訪れ、アルベルトさんから本当に丁寧に説明を受けるにつれ、その謎が解けた気がしました。 ヴェルディが、どれだけ執拗に当局から台本内容についての変更を迫られても、決して曲げなかったポリシーが2点ありました。
  
1. 君主が酒池肉林におぼれた生活を送っていること。
2. 道化役に、人間として最も深みのある性格を与えること。
 
 

「確かに、オペラの中ではDuca di Mantova(マントヴァ侯爵)という"タイトル"でしか登場しない。しかし、人々はすぐに理解するであろう。それがいつの時代の誰のことを指しているのかを。」

 

"La Serva Padrona" というオペラのタイトルは、日本語では "奥様女中" と訳されることが圧倒的に多いようですが、今日はこのオペラのストーリーをできるだけ分かりやすくイメージできるように「奥様になったメイド」としてみました(直訳すると "主人のような女中"といった感じになりますが)。とても頭の切れるメイドが、その若さと美貌をフルに活用し、同じ主人に仕える下男までも味方に取り込み、最後は正妻の座を射止めることに成功するという、"玉の輿シンデレラストーリー" です。私もこの作品を今年の6月にバロックオペラフェスティヴァルで指揮しましたが、、それはなんと 別の作曲家(ペルゴレージ)の手による完全な同名作品 でした。他にも「マノン・レスコー」「ラ・ボエーム」「オルフェオ」など、同じ原作に基ずきながらも異なる作曲家の手による作品というものがいくつか存在します。なんといっても同じ作品を複数の作曲家が手掛ける訳ですから、プッチーニの時代にもなると、、著作権の問題でかな揉めたという記録も残っています。

 

La Serva Padrona nel Bibiena.JPG

今日はこのオペラを、改修されたばかりの ビビエーナ劇場 で鑑賞してきました。マントヴァにあるこの小劇場は、イタリアでも最も美しい劇場の一つと言われていて、先日、イタリア国営放送が制作した映画風のオペラ「リゴレット」の撮影にも用いられました。劇場を立体的に用い、歌手が劇場中(客席の中まで)を縦横無尽に動き回る演出は大変見ごたえのある素晴らしいものでした。300~800席くらいまでの劇場であれば、小編成のオーケストラを舞台に上げて、劇場全体を演出空間として用いて上演するのに最適であるということを再確認することができた公演でした。エルコラーノでの1700年代の貴族の別荘内部をうまく利用した演出にしても、今回の公演にしても、"すでにその場に存在する空間" をフレキシブルに用い、最高に魅力的な上演を成し遂げるこの国の演出家のセンスには、、感嘆するばかりです。

2010年10月 3日 23:59

サラミ祭り?in マントヴァ


03102010.JPG午前中は、歌劇場支配人と、新しくオープンしたホテル、その名も "Hotel Rigoletto" でフェスティヴァル関連イベントについてのミーティング。期間中の劇場内外でのエスコート(ガイド)役のコスチュームにかなり凝ることに。

 

その後家に戻り、スコア(もちろん「リゴレット」)を勉強。夕方からまた外出。街に戻ってきた時にはすでに陽は暮れ、Palazzo Ducale(侯爵宮殿)の前を通るとかなりたくさんのお店が出ていて、ちょっとしたお祭りになっていました。これだけの賑わいは珍しいので、宮殿前広場にあるバールのご主人に"これは何のお祭りですか?"と聞いてみると、"年に一度だけ、それも一日だけのサラミのお祭りだよ"との答え。確かにこの街 マントヴァのサラミ は美味しくてイタリア中で有名ですが、、本当にそんなお祭りがあるのでしょうか(笑)? とにかく、イタリア中から(外国からも!)大勢の来訪者を迎えて街中がとても華やかな一日でした。

 


Donata-Lombardi-001L.jpg写真は「トゥーランドット」でリュー役を歌うDonata D'Annunzio Lombardiです。その声はとても美しく、柔らかくピュアなので、一途さと可憐さが要求されるこの役に見事にはまっています。もっとも、一番多くキャスティングされるのは「ラ・ボエーム」のムゼッタ役で、今までに150回以上も舞台に立っているそうです。

 

そんな彼女との、今日のリハーサル中の会話:

 

(3幕のリューのアリアについて音楽的な打ち合わせをした後で)

 

私: ところで、明日の演出リハーサルでは1幕のアリアをもう一回やりたいね。

 

ドナータ: 明日は、私、「蝶々夫人」の本番だわ。

 

私: ??!!  今回、「蝶々夫人」も歌うの?? でも、率直なところ、蝶々さんの役は、君の声に合っていないと思うけど。

 

ド: (よく質問してくれましたとばかり、少しニヤッとして)そこがこの役の興味深いところだと思うの。 実はプッチーニはこの役を本来はソプラノ・リリコに設定しているわ。決してスピントではないの。

 

私: それは確かにそうだけど、、実際にはスピントやドランマティコといった声が求められるよ。特に3幕では、音楽的に間違いなくドラマティックな表現が必要だ。

 

ド: もちろん! その通りだわ。  でも、1幕の彼女の年齢設定は15歳で、、言ってみればまだ "少女" なの。まだ決して "女" ではないわ。 2幕の途中、シャープレスが訪ねてくるシーンでも、もう子供を授かった後にもかかわらず、まだそうした幼さや純粋無垢なニュアンスが残っているわ。

 

私: そうだね。 そして3幕では、母親としての自覚と覚悟が描かれ、明らかに本当の "女" に変わる。そういった観点からすると「蝶々夫人」は、ある意味、女性の変容(メタモルフォーゼン)劇と言えるかもしれないな。

 

ド: そして、3幕の最後には、母性の持つ本能として、いかにして子供を守るかということを考える次元にまで成長するのよ。歌い手にとってこれほど難しく、でもやりがいのあるオペラはないわ。 リリコ的な要素を求められる1幕から本物のスピントが要求される3幕に至るまで、その内面の成長に伴った声が必要だわ! (以下、延々と続く、、、)

 

ドナータ・ダンヌンツィオ・ロンバルディ、本当に魅力的なディーヴァです。

 

 


RAI 3 のニュース番組において、4月9日に行われたバロックオペラフェスティヴァルの開幕コンサート(スターバト・マーテル)の様子が放映されました。


 

フェスティヴァルの公式WEBサイトがオープンしました。

 

  ercolano_festival_barocco.jpg

バロック音楽フェスティヴァル(ペルゴレージ生誕300年記念)

 

 

 

baroccosito2.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像本日、 エルコラーノ市長出席の下、バロックオペラフェスティヴァルについての記者会見が開催されました。 

 

記者会見の模様

 

その席上で吉田は、1700年代のオペラは近年日本においても非常に関心が高まってきていること、特に今年のテーマとして取り上げる作曲家 ペルゴレージ の作品 -「奥様女中」や「スターバト・マーテル」-などは、かなり頻繁に演奏されるようになってきていることについて語り、今後、これらの素晴らしい作品を演奏、研究する場をフェスティヴァルという形で実現し、バロック時代の音楽の再評価と、音楽を通しての文化交流の促進を積極的に図っていきたい、との抱負を述べました。

 

今年度は4月9日から6月5日まで開催されますが、この期間に行われるすべてのイベントの詳細は、 こちら からダウンロードできます。        

2010年4月 1日 21:01

マントヴァへ

Mantova2.jpgいろいろな理由から、しばらくブログを アップすることが出来ずにいましたが、、やっと環境が整いました。

 

というわけで、 可能な限り "出来事が起きたその日の日付" で更新していきたいと思います。

 

慣れ親しんだローマを離れ(4月1日の時点で)マントヴァに活動の拠点を移してから、かなりの時間が経ちました。

 引っ越して来てから最初のブログ記事は、街の代表的な建築物や美しい景観を紹介する、、そんな内容にしようと考えていたのですが、街の中心を散歩していたら、こんなユーモラスなシーンに出会いました。

 

 なんと、結構な大きさのワンちゃんが街の真ん中のメインストリートで、車の上に乗っかってお昼寝していたのです。

 

 

すると、、、

 

 

Mantova1 - コピー.jpg

 

 

街の人たちにとっても、かなり珍しい光景のようで、ほとんどの人たちが楽しそうに眺めていきました。 中には、ワンちゃんに話しかけて行く人も(笑)

 

 

以上、マントヴァからの初レポートは、この街のメインストリートからでした。

 

2010年2月 6日 12:06

Italian style from Japan その 1

DIENA一面 - コピー.JPGラトビア共和国を代表する新聞 "Diena" に、インタビューが掲載されました。

 (写真は、同紙1月23日付の表一面です。 なお、インタビューは最終ページ(裏表紙)一面にわたって掲載されました。)

 もちろん、全編ラトビア語となりますので、在リガ日本大使館の専門調査員、菅野さんが邦訳してくださいました。

 記事がとても長いので、2回に分けて連続でアップいたします。

 

 

「イタリアのスタイルで。日本から」

ヒロフミ・ヨシダ氏、ラトビア国立歌劇場で「椿姫」を指揮

 

イネセ・ルースィニャ記者のおすすめ

 

 ラトビア国立歌劇場に、初めて日本人指揮者が客演する。今夜、遠い国からのお客様が我々に引き合わせてくれるのはジュゼッペ・ヴェルディの「椿姫」で、ヴィオレッタとアルフレードを演ずるのはソノーラ・バイツェとドミトリイ・ポポフである。

 

 吉田氏は今シーズン、527日にもジャコモ・プッチーニの「蝶々夫人」を指揮するため、再び我々のところに戻ってくる。「私の夢は、ヨーロッパの聴衆の皆さんに本当の日本のオペラ、-『源氏物語』のような- をお見せすることです。この元となっているのは1200年前、女性作家により書かれた物語です。また、オペラの作者ミノル・ミキ(三木稔氏のこと)は、我が国では最も著名な作曲家の1人です」と吉田裕史氏は打ち明ける。

 

 しかし、まず世界に向けて上演されているのはヨーロッパのオペラである。「オペラの全レパートリーの約半分はイタリア・オペラで、指揮者はそのレパートリーを(学ぶことによって)成長しなければなりません。このことが、後に自国の音楽を世界に提供する経験と力を与えてくれるのです。私は日本の音楽を愛していますし、音楽に国境がないことを知っています。日本人はヨーロッパの作曲家の音楽が好きですが、私は、ヨーロッパの人々も日本の音楽を愛するようになると確信しています。私の考えでは、全ての事柄は次のような順序で起きるのです。つまり、情熱を抱き、行動し、そして使命感に達すること。まず、何かを成し遂げようとする熱意のある希望をもつことです。そのあとに努力が続けば、それから、おそらく神様は何かインスピレーションのようなものを与えてくれるのだろうと確信しています。」吉田裕史氏の人生と仕事の公式は、このように響いているのだ。(続く)

Latvia.jpg「椿姫」のリハーサルは順調に進んでいます。

 

今日はとても素敵な経験をしました。 リハーサルが終わって、友人のパオロさん(写真の大きな背中が彼で、ラトビア国立歌劇場イタリアオペラ部門芸術顧問)と、劇場の前のカフェに入った時のことです。"ヒロ、ここのホット・チョコレートが美味しいんだよ。君も飲んでみないかい? かなりdenso(デンソ、イタリア語で"濃密な"という意味)だけどね。" という言葉に誘われ、彼と同じものを注文してみました。すると、、 本当に、とっても "denso" でした(笑&注:イタリア人の男性は甘いものが大好きです) マイナス10度以下(来週はマイナス30度になるかもしれないとのこと!)のこの国では、カフェに入って飲むホット・チョコレートがとっても美味しく感じられ、エネルギーを与えてくれます。

 

本題はここからです。

 

驚いたことに、カフェを運んでくれたウェイトレス(写真の女の子)が、私の前に、チョコレートを置いた瞬間、 なんと「Douzo..」と言ってくれたのです!!

 

「どうぞ..」と言われて、どんなにうれしかったことでしょう!!!

 

イタリアやドイツを含め、今までに住んだり行ったことのある国(海外)のカフェやレストランで、「どうぞ..」なんて言われたことがないだけに、、この一言で、あっという間にこの国が好きになってしまいました。(ハワイ、グアムなどの観光地や、近隣諸国の韓国や台湾ならまだしも、ここは日本から何千キロも離れたラトビアです!)

 

どうして日本語を知っているのか、尋ねてみると、「友人から習いました。"どうぞ" と "どうも" が、どんな時にも使えて便利だよ、って。」

 

確かに!(笑)

 

母国語で話しかけられることが、こんなにもうれしい事だと、改めて感じました。(英語で話しかけられても、きっとこんなに感動しないかもしれません。どこでも通じてしまうので。。)

 

ホット・チョコレートといい、「Douzo..」といい、とても心温まる一日でした。 素敵な経験に、Paldies!(ありがとう) 

 

明日は、オーケストラ・リハーサルです。

2010年1月10日 08:35

"成功と共に開幕"

La Voce di Mantova 02012010.jpg

 

"Sociale(マントヴァ歌劇場のこと)の新年は成功と共に開幕"

 

劇場はシンフォニーコンサートのために満員、そして伝統的な「ラデッキー行進曲」に対してアンコールのリクエスト。

 

(以下、記事本文より抜粋)

マエストロ、ヒロフミ・ヨシダの指揮は、-コンサートの開始からその最後の瞬間までー 聴衆の深い共感を呼び起こした。

ロッシーニの序曲「セビリアの理髪師」のブリリアントな演奏に始まり、マスカーニの間奏曲「カヴァレリア・ルスティカーナ」では、悲痛なドラマを表出。シュトラウスの作品群 -伝統的な "ポルカ" と「美しき青きドナウ」などの "ワルツ"- においては、明るく陽気、そして生き生きとした部分と、対照的に交互に現れるとてもデリケートなメロディーを表情豊かに描き切り、伝統的に(ニューイヤーコンサートのラストに)演奏される「ラデッキー行進曲」で、見事なまでに最後を締めくくった。最後のこの曲は、しかしながら、この地域(北イタリア)の歴史的背景という特別な理由から、必ずしも聴衆から受け入れられるとは限らない。それにも拘らず、劇場を埋めた満員の聴衆は、この曲のアンコールを拍手をもってリクエストしたのである。("La Voce di Mantova"紙 2010年1月2日付)

 

ラデッキー行進曲は、その名が示すように、北イタリアの独立運動を鎮圧したハプスブルク帝国の将軍、ヨーゼフ・ラデッキーを称えて作曲された。